「自分に自信のない自分」が自信になった

こんにちは。ぴよちゃんです。

 

私はあまり自分に自信のあるタイプではありません。
日々、

「自分の考え方、感じ方は間違っていないか」
「私はとんでもない無知だ」
「私はとても頭が悪いのではないか」
「私に見えていないものがたくさんあるのではないか」

そんなふうに、ウジウジ悩んだり、不安に思っているのです。

でも最近、こんな自分でよかったなあと思っています。

 

安保法案に関するあれこれがすごいですね

安保関連法案について。
いろいろな所でデモがあったり、ネット上で意見が飛び交ったりしてすごいですね。

私の意見に関しては、以前に書いたような感じなのですが。
安保法案ってどうなの? 反対の人も賛成の人も、どういう将来が見えてるの?
終戦の日ですね

「自分に自信がない」ために、積極的に賛成とも反対とも言えないのです。
言えるとするなら、「こっちの方がマシ」とか「今のところはこう思う」くらい。

「自分には知らないことや見えてないことがたくさんある」ということを知っているので、「ぜったいこうだ!」と言い切るのにはためらいがあります。
(まあ、言わないといけないときは言うけどさ)

現代社会には向いていないタイプの人間です。

 

自分に自信のある人は、ときにやっかいな存在だと思う

でも、安保法案関連の騒ぎを見るにつけ、

「私は自分に自信がなくてよかったなあ」

と思います。

自分の意見に自信がある人たちは、自分と反対意見の人を「バカ」とか「死ね」とかこき下ろしている。

自分に自信のない私からみると、本当に不思議なんですよね。

自分がバカかもしれないのに、よく他人の事を「バカ」と言えるな、と。

自分が全知全能だと思ってるのかな。
自分が頭いいと思ってるのかな。
自分の知らないことが存在するかも、と考えないのかな。
自分の理解が間違っているかも、と思わないのかな。
自分の方がもしかしてバカなのかも、と思わないのかな。

ほんとうに、イヤミではなく不思議で不思議でね。
いや、ちょっとイヤミも含めて不思議です。

 

自分に自信がない方が客観的になれることも

自信がなさすぎて、何もかも他人軸の考えになっちゃうのはマズイですが。

でも、自分に自信がない人は、「広く他人の考えを知りたい」という冷静さを持っています。

私も、右巻き左巻き両方の新聞を読むし、たぶん一般の人よりは歴史関係の本も読んでいます。

いろいろな意見や歴史を知れば知るほど、
「自分の知らないことが途方もなく多い」ということに気が付く

自分に自信がないからこそ、

「自分が正しい」と妄信しない。
熱狂もしない。
集団ヒステリーには巻き込まれない。

これだけでも、「自分に自信がなくてよかった」と思いますね。
自分に自信がないことが自信になるという、面白い状況です。

 

熱狂や集団ヒステリーだけは気を付けて

自分の意見を主張したりデモしたり、ってことは悪いとは思いません。
これができなければ、独裁国家と同じだもんね。

でも、熱狂のし過ぎと集団ヒステリーはダメ

歴史上で残忍なことが行われるのは、民衆が熱狂した時、集団ヒステリーを起こしたときなんですよ。
民衆が感情に流されて大きく動いたとき、残忍なことが起こるんです。

忠臣蔵だってそう。
幕末の下関戦争、戊辰戦争。
5.15事件、2.26事件。
日清戦争、日露戦争。
第一次、第二次世界大戦。
関東大震災の朝鮮人虐殺もそうでしょう。
敗戦後の引き揚げの時は、「熱狂」のせいで日本人が犠牲になった。

民衆の熱狂や集団ヒステリーのせいで、残忍な方向に向かってしまった歴史上の事件はたくさんあります。

最近で言えば、「東京オリンピックエンブレム問題」も同じですね。
「悪いやつは叩いていい」とばかりに、みんなで一人のデザイナーを迫害する。
「正義」の名を借りた、立派な「魔女狩り」です。
こういう熱狂は恐ろしい。

上のリンクの人たちも同じです。
「戦争反対」と言いながら、暴力的な熱狂、集団ヒステリーを起こすのは本末転倒じゃないですか?

そもそも、法案を「戦争法案」と決めつけてしまうことが、すでに方向性を間違えた熱狂状態なんですよね。

雰囲気に流される状態は、戦争前夜にとても似ていると危惧しています。
(あ、私は「戦争前夜」を知らないから、「似てる」なんて言う資格はないか!)

みんな、「自分の理解が間違ってないか」と一度内省した方がいいと思います。
自分の考えを主張するのはいいけれど、冷静さだけは失わないでね。

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