【書評】「悩みどころと逃げどころ」 ちきりん 梅原大吾

こんにちは。ぴよちゃん(マノヒロミ)です。
いやー、久々に風邪をひきました。

そんなわけで、この二日ほど、ふとんでダラダラとツイートを垂れ流したり、本を読んだりしていました。
今回は、話題の本「悩みどころと逃げどころ」を読んだので、読みながら考えたことなどを。

私はちきりんさん寄り

この本は、社会派ブロガーのちきりんさんと、プロゲーマーの梅原大吾さんの対談をまとめた本です。

このお二人、立場も経歴もまったく違うし、考え方も正反対(同じところもあるけれど)。
それぞれの章の扉でいちいち反対のことを言っているので、見出しをみると笑えてきます。

このお二人のうち、どちらが自分と近いかというと、私はちきりんさん寄りですね。

社会にでてからはちきりんさんみたいに活躍してはいませんが、
私も要領よく点数を稼いできた「学校エリート」かな。
あ、でも高校時代だけだな。中学まではパッとしなかったから。

「合わなかったら逃げればいい」というちきりんさんの考えも、
いろんなところにフラフラしている私にはしっくりきます。

私は勉強は必要だと思う

私と同じタイプのちきりんさんは、「学校はいらないんじゃないか」とおっしゃっています。
対して梅原さんは「取り柄がない人ほど学歴くらい持ってた方がいい」と。

私は「学歴は必要ないけど、勉強はしといた方がいい」と思っています。

まず学歴ですが、なくてもいいんじゃないかな、と。

私は大卒だけれど、就職氷河期第一号世代だったから、学歴なんてぜんぜん役に立ちませんでした。
同学年でも、高卒、短大卒の子たちまでは好景気で、みんないいところに就職できてたけど、大卒はダメ。

時代が悪かったのもあるけれど、私は自分に自信がなかったし、面接で自分をアピールするのも猛烈に下手で。
就職氷河期でなくても、就活が上手くいっていなかった可能性は大です。

大卒だからってどこでも歓迎されるわけではなく、
「うちは、あなたみたいな学歴の人が来るところじゃないですよ」
と、敬遠されたこともありました。

就職してからも、「高学歴だからって調子に乗るなよ」といわれのない罵声を浴びたこともあるし。

学歴が高いからって、それほど得した覚えもないので(むしろ損したほうが多い)、
学歴なんていらないな、と私は思います。

でも、勉強はぜったいした方がいい。

「学校の勉強なんて役に立たない」と言う人も多いですが、私は超役に立っています。

以前に記事にも書きましたが→
社会に出てから、古文も漢文も三角関数もばっちり仕事に使っていますからね。
演劇や映画を観たり、海外旅行に行ったり、外国でなにか事件があったときには英語や世界史が役に立つ。
歌舞伎を観るとき、国内旅行に行くときは、古文、漢文、日本史の知識があるからこそ楽しめるし。

選挙で投票するときだって、日本史や世界史を知っていたほうがいい。
為政者や民衆がどう動いたときに、どう歴史が変わったかを知っていた方が、間違いがないと思います。

決断したり、深く思考したりするときに、知識という「核」があるかないかでは大違い。
学歴はともかく、どんな形でも勉強だけはしといた方がいいですよ。

ちきりんさんは
「まんべんなく学ぶのではなく、得意なものに特化した方がいいのでは?」
という意見で、世の中もそういう流れになってきているのを感じます。

でも、どうなんだろう?

私みたいに40代も中盤になってから、苦手だった数学を使う仕事に就くという例もあるからねえ……。
若いうちから「得意な物」に特化しすぎると、後から方向を修正できなくなるかも。
得意なものを強化する一方で、薄くてもいいから基本的な知識はつけた方がいいと思います。
案外、「苦手だ」と思い込んでいたところに、天職があったりするかもしれないし。

「思考停止」を強要するのは「学校の大人」か「学校の子ども」か

「学校とは本来考える力をつけるところなのに、逆に思考停止に追い込んでいる」

と、お二人はおっしゃっています。
学ぶ意義を先生にたずねても、「そんなこと考えず、とにかく勉強すればよろしい」という答えが返ってくる、と。

私が育ったのは管理教育全盛期の管理教育帝国・愛知県、その中でも厳しい管理教育高校。
なので、これはとてもよく分かります。

同じく管理教育の進学校を出た友人が、高校の体質をこう言っていました。

「生徒を馬にたとえると、管理教育校は手綱を引いて水場に連れて行き、水まで飲ませてくれる場所だった」

もう、ほんとうにこの通りで、私は高校時代ですっかり自力でものごとを決定できない人間になってしまいました。

大学生になって、とつぜん自由な世界に放り出され、しばらく呆然としましたからね。
高校時代は、時間割に従って勉強して、模試だって学校で受けろと言われた物を受けてれば良かったから。
大学ではカリキュラムを自分で組まないといけないってだけで、とても戸惑いました。

でも、私にとっては「大人からの束縛」はそれほどイヤなものではありませんでした。
大人からの束縛は「規則だから仕方なしに従ってやってるだけで心は自由」だと思っていたから。

一番イヤだったのが、「生徒同士での束縛」

校則に反抗して制服を着崩すけど、みんな同じ着崩し方をしてる、とか。
みんな同じドラマ観たり音楽聴いて、話についていけない人はバカにされる、とか。

強制されたものなら、「従ってやってるだけ」と思えるけれど、
自主的に束縛や思考停止を選んでいるのだから、救いようがないな、と。
今若かったとしたら、「ウェーイ」って人たちと一緒にいるのはツラいだろうな。

そういう学生時代の「同調圧力」がイヤでしかたなく、若い頃は生きにくかったなあ。
30代、40代になるとみんな生き方がバラバラになって同調圧力がなくなるので、今はとっても楽。

自分でしっかり考えるのが大切

そう。
やっぱり「自分で考える力をつける」っていうのが、とても大事ですね。

子育てしていると、つい子どもに質問されたことにすぐ答えてしまいますが、
ぐっとガマンして自分で考えさせないといけないですね。

「自分でよく考えてごらん」

いい人生を送るために。
子どもだけでなく自分自身も、しっかり考えるクセをつけたいものです。

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